─滋賀・両丹・京都南部の3地区 75教会・伝道所と地域の“宣教”のために

日本基督教団 京都教区ニュース

THE UNITED CHURCH OF CHRIST IN JAPAN - KYOTO DISTRICT

今総会期 第2号 発行 2022331

 

発行人 今井牧夫 編集人 内山友也

602-0917 京都市上京区一条通室町西入東日野殿町394-2 京都教区事務所/Eメール infouccj-kyoto.com

TEL 075-451-3556FAX 075-451-0630/教区HP http://www.uccj-kyoto.com

 

 

コロナ禍における各教会・伝道所の歩みの多様性(4

 

コロナ禍で教会が大切にしているもの

京都南部地区 西小倉めぐみ教会 柴垣 孔明

 

 コロナ禍になって2年が経ちました。この間、世の中はいろんなものや場所が閉じられました。西小倉めぐみ教会は、そのような状況にあっても、教会を閉じませんでした。それは、西小倉めぐみ教会に集う人たちの多くは精神的な弱さをもち、難病の人がいて、その家族がいたりします。11人を大切にする、いろんなあり方を大切にする。それが、西小倉めぐみ教会が大切にしていることです。かくいう私も主日礼拝にはまったく出席できず、平日の聖書研究会や夕食会に出ています。それも1つのあり方としてみんな尊重してくれています。それゆえに教会がみんなにとって大切な心の拠り所となっています。そのみんなの心の拠り所となっている教会を閉じることはできませんでした。

 そんなコロナ禍の取り組みとして、月110人程度に小規模お弁当配布を始めました。というのも、昨年末「食べ物をください」と教会を訪ねてきた方がいて、その時教会になんの食べ物の準備もなかったからです。それを受けて、4月からはフードバンクの協力も得て食糧もお弁当同様、配ることも検討中です。

 また、私は月曜日午後もたれているひきこもりがちな青年たちの居場所フリースペース「おやすみ」の代表を務めさせていただいていますが、極力閉じないように、試行錯誤工夫しながら開いています。コロナ禍にあっても、いろいろ対策や工夫をして教会を開き続けて欲しいです。

 

『第一コリント1313 それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。』

 

 

京都上桂伝道所の場合

京都南部地区 京都上桂伝道所 奈良 いずみ

 

 いつも、教区の皆様には謝儀支援はじめ、お励まし、労わりをいただいて祈りに覚えてくださり、ありがとうございます。去る、227日で伝道所創立44年を迎えました。ひとえに神様のお守りと感謝いたしました。さて、当伝道所には、西院から伝道所の近くから京都の東の端から他府県から来られ、そして、私は長岡京からとバラバラに存在しており、礼拝を守るだけが精いっぱいの状態です。伝道所には、駐車できないので、交通機関は阪急電車使用となります。さて、コロナ禍の中で果たして、この伝道所でどのように礼拝を継続していくのかと相当悩みました。皆様はエッセンシャルワーカー、生協の荷出しの仕事などについておられるので、自粛のために、休まざるをえません。また、ご高齢ゆえに健康を考え外出を控えておられることもわかります。

 ところで、礼拝の内容を簡潔にし、讃美歌は1節ないしは2節を歌いますが、聖餐は祝福感謝の祈りを行いますが、杯とウエハースと一緒のものを月の初めに集えたときには「お土産」スタイルでお渡しします(ただし、神学的に果たしてこれは許されるのかどうかは不明ですが)。そのつど説明してお渡ししています。また、家庭の食卓テーブルを囲んでの礼拝ですから、透明のアクリル板を立てて、全員マスク着用の終始です。ご近所の方々は普段なら玄関先で挨拶できるのですが、玄関がピタリと閉まっています。おそらくは情報などで、教会がクラスターの原点になったのと同一視されたのかもしれませんが。

 今の課題は、今年度の会計はどのような数字なのかと不安ですが―これが一番の悩みです。

 どうぞ、早期の新型コロナの収束とともに、100年後でも通じる神様の計画をしっかりとみつめる勇気を与えられたいものです。

 

 

礼拝のライブ配信

京都南部地区 京都復興教会 深谷 与那人

 

 従来の活動の休止、中止、縮小を余儀なくされた2年間でした。夏のバイブルキャンプやCS夏期学校、近畿夏期聖会(修養会のような集会)、冬のキャンドル・サーヴィス、創立記念愛餐会や全体協議会、恒例行事は軒並み中止。感染予防対策は長期化し、付帯施設である幼稚園への配慮も必要になりました。おそらくは、次年度もまだ同様の対策が必要と判断しなければならないと思っています。

  そのような中で、京都復興教会では、素朴ながらもインターネット配信が始まりました。現在は、礼拝と伝道夕拝のライブ配信、1週間の「見逃し配信」を行っています。インターネット経由での参加者平均は、礼拝25名、夕拝5名です。繰り返し再生できると喜んでおられる方もいて、再生回数はいつも40回を超えます。週報にQRコードを記載し、

ホームページも活用しています。また、ラインアプリで無料の公式ページを作成し、定期的にデータ配信を行っています。

 大学生など、新しい奉仕者が与えられ、活躍してくれていることは大きな希望です。また、新しい礼拝出席者、イースターには受洗希望者も起こされ、主の恵みと憐れみを覚えています。

 改めて、医療従事者の方々の尊い働きに心より感謝をすると共に、平和への祈りを捧げます。

 願わくば、1日も早く事態が終息し、皆様を顔を合わせて、心からの讃美を捧げ、交わりを共にして、食卓を囲むことができますよう、願っています。

 

 

新型コロナウイルス禍における

状況および対応について

京都南部地区 世光教会 松野 正信

 

 コロナ禍中の3月中旬(まん延防止措置発出中)の世光教会は、聖書研究祈祷会などの諸集会や各部各会の活動など、教会活動の大半を休止しています。感染低下を見て一時再開していたものも、第6波到来のため再び休止に陥っています。また当教会がビルの7階フロアー、下がマンションという特異な場所にあることもあり、教会でクラスター…とならないよう特に注意を払っています。

 そうした中で主日礼拝は、私達の中心にあるものとして欠かさず守り続けて来ており、今後も可能な限り守り続けるべきものと思っています。そのためマスク着用・手指消毒・換気から、密集密接回避のため礼拝堂と隣接集会室の一体使用や礼拝のライブ配信、愛餐会や交わり会(昼食会)の中止、礼拝中の発声抑制として讃美歌等の一部削除と小声使用など、大小様々な対策を採っています。なお聖餐式は細心の注意と工夫のもと実施しており、またコロナ禍到来後も従前と変わりなく、平日も教会に担当者が詰め教会の戸を開けています。

 主日礼拝を守り続けつつも、礼拝堂参集は各自の自主判断優先として来た中で、2021年度の礼拝出席者数は2018年度比較で約7割でした。が、これにライブ配信等での礼拝者を加えた礼拝参加者数は、実はコロナ禍前と同程度にはあることが分かりました。因みに世光教会は今年度の年間主題を「つながり続ける」として来ており、これもその結果に関与したと考えても見当違いではないと思っています。

 

 

今回の特集にあたって

京都教区ニュース編集部

 今回、コロナ禍における各地の様々な歩みを寄稿いただきました。具体的な対策は、地域状況や取り組み方により、本当に多種多様です。どこかに唯一の正解があるとは考えられません。誰もがそれぞれの場で苦闘しています。そのことを互いにわかちあい、励まし合い、祈り合う目的で掲載をいたします。

 

 

近江金田教会の場合

滋賀地区 近江金田教会 横田 明典

 

 コロナ禍に対する教会の人の反応は様々でした。高齢や基礎疾患があるため少しでもリスクを避けたい人、毎日電車通勤しているため自分が他の人にうつす可能性を心配する人、一人暮らしのため教会に来ることを一番の楽しみにしている人、賛美をすることが自分の信仰の基本的な表現である人など…。このように多種多様な不安・心配や信仰・喜びの中で、そのすべての人が満足できる対応を教会としてするのは難しい、と役員会は判断しました。したがって、基本的には礼拝は通常通り行い、礼拝への参加は、それぞれの自覚と判断に委ねることにしました。不安を感じておられる方に対しては、奏楽や司会などの礼拝奉仕があたっていても、遠慮なく休んでいただく。礼拝堂は2階にありますが、1階に音声と映像をつないで礼拝する。別棟の建物で音声のみで礼拝する。LINEのビデオ通話によって礼拝する。教会としてはそれぞれの思いやスタイルに合わせて礼拝に参加していただけるように配慮をし、自分の状況に応じて、それぞれの仕方で礼拝していただくことにしました。ですから、基本的に礼拝の内容そのものについては、聖餐式のパンにピックを刺すことくらいで、通常通りの礼拝を続けてきています。

 もちろん感染対策はしています。上記のような分散礼拝、席を空けて座る、換気を行う、大型空気清浄機、マスク、アルコール消毒を利用する、などは行っています。

 ただ、毎週のお昼のうどんに関しては、まん延防止等重点措置が出されている期間や、感染拡大が収まらない間は中止とすることもありました。また、不特定多数の人が来られるバザーや特別伝道礼拝等は中止とせざるを得ませんでした。

 そんな中、今年の2月に牧師の家族(私と妻と小学生の娘)が全員コロナに感染しました。気を付けていても感染は逃れられない面もあることを思わされました。10日間の自宅療養をしなければならないため、牧師館と、牧師館と一体となっている集会室については、立ち入り禁止としました。同時に、私も礼拝堂には極力入らないようにし、入る場合は手袋やマスクを着用するなどしました。諸集会も中止とし、日曜日の礼拝はメッセージの部分を代読という形にしました。教会の皆さんには心配をおかけしましたが、気が付いたら集会室・牧師館の玄関前にお野菜が置いてあったり、食料品や飲料の買い物を申し出て下さる方もあり、本当に皆さんに支えられて自宅療養期間を過ごすことができました。このことには大変感謝しています。それと同時に、一人暮らしの方や助けてくれる人が少ない方が感染した場合の、不安や心配というのは計り知れないものだろうことを思い巡らせていました。

 コロナ禍であっても、教会の門を叩く人はいます。むしろコロナ禍によって人と人の繋がりが弱くなってきたからこそ、何かを求めて教会に来る方が増えているようにさえ思います。特に子どもたちの感染が広がり、学級閉鎖や思うように友達と遊べない子どもにとっては、ストレスの溜まる時ではないかと感じています。コロナ禍の最中にCSに来るようになった子どもたちが数人いるのですが、求められている面もあるので、牧師家族の感染時以外は、CSも休みなく続けています。第6波以降は、子どもの礼拝の後、毎週、公園など外に出かけて遊ぶことをメインにしています。

 コロナ禍の一日も早い収束を心から祈っています。

 

 

新型コロナウイルス禍における

状況および対応について

滋賀地区 彦根教会 廣田 和浩

 

 20204月から5月にかけて全国に緊急事態宣言が発出されていた頃、20223月現在と比べると新型コロナウイルス感染症に関する情報は乏しかったのですが、役員会を中心に話し合い、彦根教会の実情に合わせた対応を開始しました。基本的には、この時の対応を2021年度も継続しました。礼拝については、礼拝内容を変更することなく、礼拝堂に集うことを続ける選択をしました。もともと平均礼拝出席者数に比べて、礼拝堂の座席数が多かったので、隣と離れて着席することができる環境でした。そこで、会堂は通年で2方向の窓を開放することで換気に留意し、受付での手指消毒の励行を呼びかけ、マスクの着用をお願いしました。ただし、礼拝出席者でマスクの着用を拒まれる方がおられて、トラブルになったことがありました。また自主的に自宅で礼拝を守られた方もおられました。礼拝以外の諸集会も、礼拝時と同じ感染予防対策をして、行いました。しかし、会食を伴う活動に関しては、2020年度はすべて中止となり、2021年度は調理を伴わない会食については黙食を前提に一部再開しています。このように彦根教会内の交わりは、比較的コロナ禍前に近い状態を保ち続けていますが、滋賀地区等の諸集会が中止される状況が続いているため、他教会との交わりの機会がほとんどなくなってしまいました。ですから2022116日に錦林教会と京都教区講壇交換の礼拝交流を行うことができたことは大きな喜びとなりました。

 

 

コロナ禍に於ける丹陽教会の対応

両丹地区 丹陽教会 德舛 和祐

 

 市街地の喧騒を離れた閑静地域にありながら、対応には敏感です。市の中心部にある総合センターでは金・土・日と接種会場が設けられ、教会員のほとんどはそこで接種を受けている。礼拝をどうするのか? 役員会でも幾度か検討された。「礼拝を休止することは、ウイルスに屈服する」と云う、牧師の勢いに押されがちでした。「教会に陽性者が出たらどうする、狭い土地なので教会が立ち行かなくなるのでは?」という意見もあって、第2回緊急事態宣言次(20211月第34主日礼拝は完全休日)、第4回次(7月第48月第1週の礼拝は中止となった)。緊急事態宣言前から説教者台・司会者台にアクリル遮蔽板を設けた。身内に国立感染研究所で研究されている方からのアドバイスもあり、非接触型体温測定器を初期の段階から取り入れる、と同時にアルコール消毒液を置きの手指消毒を実施を徹底している。其の効果かどうかは分からないが、幸いに今のところ感染陽性者は0である。確かに第1次緊急事態宣言時点より、礼拝参加者は確実に減少している。そのことを利用して4人掛け長椅子は1人で着席を願った。LineSNSYoutubeの礼拝も検討に入ったが、ランニングコストも掛かるし、「スマホも使いこなせないのに、ガラケイ買い替えは年金生活者には無理!」のご意見があり、旧態通りの礼拝を続けている。

 

 

青年の声―『生きづらさ』に寄り添う

同志社大学神学部4回生 澤田 果歩

 

 「家出少女」という言葉を聞いた時、あなたはどのようなイメージを持たれるでしょうか?親がいなかったり虐待を受けて児童養護施設や自立援助ホームで育った少女や、児童相談所から一時保護を受けた少女についてはどうでしょうか?

 私は現在、一般社団法人「京都わかくさねっと」(通称「わかくさ」)で学生スタッフをしています。わかくさは、困難や「生きづらさ」を抱える少女とつながり、寄り添う中で、すべての少女が自分らしく心豊かに生きられる社会を作ることを目的として活動しています。京都YWCAや京都各地の青少年活動センター、ゲストハウス等と連携して居場所づくりを行い、それぞれの居場所では食事や生活用品の提供、少女からのリクエストに応じたワークの実施、専門・公的支援への仲介等も行なっています。また、少女たちがより幅広く主体的に活動することのできる居場所として、春からは新たにテナントを借りて「わかくさリビング」という場を開くことになりました。私もそこに関わり、代表として運営を担うことになっています。

 わかくさの活動には、様々な背景を持った女の子たちが訪れます。立場や年代、育ってきた環境も違えば、現在置かれている状況もそれぞれ異なります。私のような大学生もいれば、冒頭で述べたような状況で育ってきた子、現在もその状況にある子など、それぞれ異なる背景と「生きづらさ」を抱える子達が多く集まっています。

 私たちは、そのような状況に置かれた子たちを心のどこかで「かわいそうな子」と思ってしまうことがあるのではないかと思います。私自身実際にそのような少女たちと関わるまでは、彼女達の事を「自分とは違う存在」だと思っていました。ですが彼女達と関わる中で私が強く感じたことは、「みんな自分と同じなんだ」ということです。もちろんわかくさに訪れる子の中には、私よりもはるかに大変な思いやしんどい思いをしてきた子が沢山います。ですが、その子たちを「そういう子」という属性で見ることは、相手のありのままの姿を見えなくさせてしまうことだと気付きました。相手の属性ではなく、相手自身に向き合うことが大切なのだと感じています。

 ですが、共に過ごす時間が長くなり関係性が深まる中で、悩むことも多くなりました。それは、自分が友人として大切に思っている子達が抱えている「生きづらさ」には、社会的支援の不十分さや制度の隙間といった問題が深く関わっており、自分にはそれをすぐに解決できる術がないという無力感と悔しさを感じることが増えたからです。また、自分ができることはないかと思い何かをすればするほど、その子の困難な状況を作り出している「構造」自体は温存されて見えなくなってしまうというジレンマも感じるようになりました。そのような課題を解決していくためには、一団体だけの中ではなくもっと幅広いフィールドで活動する人たちが連携し合い、多様な立場から声をあげていくことが必要なのだと感じています。

 活動の中で、自分の「弱さ」を突きつけられることが多々あります。自分の無力さを痛感する時、女の子から壮絶な過去を聞いた時、自分の正しさを過信してしまう時。自分の弱さに向き合うことは辛く、痛みを伴います。ですがその弱さも与えられた恵みとして受け入れ、そんな弱さを持つ自分にも、そして他者にも、愛を持って関わり続けていきたいと思います。

 

 

教師交流会報告

教師部委員長 滋賀地区 石山教会 須賀 工

 

 今年度の「教師交流会」は、2022221日(火)、対面(京北教会)とオンラインのハイブリッド形式で開催しました。コロナ禍の影響により昨年度は開催できませんでしたので、特殊な仕方でも今回開催できたことを、とても嬉しく感じています。

 今年度は、「コロナ禍の教会現場の声を聞く」というテーマのもと、小笠原純さん(平安教会)と私が発題を行い、その後、発題に基づいて、教会の近況やコロナ対策など、沢山の情報や意見を共有することができました。また更に、久々に教区アワーも行い、現在の教区の状況、教師の情報についても共有することができました。短い時間ではありましたが、教区や教会、そして、教師のことを分かち合えた実りある時となったと思います。以下、発題の要約を記載します。

 

小笠原 純「新型感染症のとき・平安教会」

 私が赴任して1年経たずにコロナ禍となりました。基本的にあわてず騒がず、神様が示して下さることを教会の皆さんと一緒にしていくことを大切だと思ってきました。

 当初から平安教会の対応は、段階的に役員会で様々なことを決めました。緊急事態宣言の1回目は、礼拝出席を中止しましたが、2回目から中止しませんでした。それは、各人が事情に応じて出欠を決められるので、教会から指示は特にしなかった、ということです。広い礼拝堂に30名程度出席で、それほど感染を心配せずに礼拝ができました。

 礼拝のネット配信は、ずっと続けています。感染状況によって礼拝形式を度々変えることは大変なので、讃美歌は1番だけとか、その後に役員会で決めたことを続けています。

 早期の20202月初旬に、教会で警鐘を鳴らして下さった方がおられ、礼拝堂入り口で手を消毒、マスク着用の指示を要請されました。緊急事態宣言発令よりも前に教会で話し合って判断が出来たため、お上に命令されて決めた、という感じがなく、良かったと思います。

 礼拝出席中止時、週報と説教全文を毎週、教会の方々に発送しました。礼拝のライブ配信の需要は、比較的若年層が多いだろうと思っていましたが、意外にも、高齢の方々からも、パソコンやスマホをご家族から教えてもらって礼拝を守ることができてうれしい、との喜びの声も聞いています。ただし、病院や施設への訪問ができないこと、家庭訪問も玄関先だけのものになってしまうことは残念でした。

 この2年間、日本のキリスト教界の議論では、礼拝の持ち方やライブ配信の是非など「内向きの議論」が多かったのではないかと思います。コロナ禍においては、私たちは自己責任社会を越えて、みんなで協力していかなければ生きていけないという、キリスト教の本来のメッセージを外に出すことが大切であったのではないかと思います。また、他の宗教の方々とも本筋の議論がもっと行われても良かったのではないかと思います。コロナでの礼拝形式を、これで良いかどうかと議論するよりも、御国が来たりますようにと願い、「愛のわざに励みつつ、主の再び来たりたもうを待ち望む」(教団信仰告白)姿勢を導く、「終末論」が今のときに実は大切だと思います。たとえ地上の礼拝が不完全であったとしても、天上での礼拝が全てを守ってくれていると私は思っています。

 

須賀 工「コロナ禍の影響を受けて変わったこと・変わらないこと」

 石山教会では、様々な事情で、礼拝に参加できない教会の方々に対して、どうにかして、礼拝をお届けする方法はないだろうか、という議論が、既に、コロナ禍以前よりなされていました。その中の手段の一つとして、礼拝の録画、もしくは配信という選択肢も置かれていたため、このような事態を前にしても、自然と、ライブ配信へ移行できたようにも思います。勿論、これをすることが良いことなのかどうか、ということについては、まだまだ、考えなければいけないこともあるかもしれません。礼拝の在り方については、もう少し、学びを深めていく必要もあると感じています。

 しかし、教会の多くの方々が、スマホユーザーとなり、また、インターネットの利用者も多くいるため、教会員同士が、あるいは家族間で、利用方法を学び合い、教え合うことで、大体の方が、途切れなく、礼拝をささげることができたことは嬉しく感じていますし、それほどまでに、皆さんが、教会や礼拝を必要としていることも垣間見られたことは、私個人としても、多くの慰めとなり、かつとても糧になったようにも思いました。

 また、教会の中において、今まで通り、感染症から教会を守るという「守りの姿勢」だけではなく、この状況をむしろ、新しいことへの機会ととらえていきたい、という新たな風も吹いてきました。感染症対策のために、中止をしていた礼拝後の「信仰の学び」のようなものをラジオのアプリで流したり、聖書朗読をライブ配信したりしました。

 しかし、これらの活動は、あくまでも、「サブ」であって「メイン」ではないこと、「リアル」よりも、それらが先に来てはいけないことも、同時に発信し続けています。この時代にあって、変わるものは沢山あります。その状況の変化に適応していくことも大事です。しかし、私達同士の関係、神様と私達の関係は、決して変わることなく、リアルであり続けるのです。その絆は決して切れない、ということは、忘れてはいけないと感じているのです。

 

 以上が発題の要約です。発題後の分かち合いの時も含めて、コロナ禍の影響を受けながらも、教会が、それぞれの賜物をいかしつつ、この状況を歩み続けてきたこと、この2年間、様々な労苦が、教師たちのうちにはあったことを知ることが出来ました。今後、この状況が、どのように変化していくのかは分かりませんが、どのような状況に置かれても、教区内の教師が、共に情報を共有し合い、かつ、お互いに励まし合い、慰め合いながら、教区間の連携を、ますます、強めていくものでありたいと感じました。

 

 

コロナ禍での教区運営の報告

京都教区総会議長・京北教会 今井 牧夫

 

 常置委員会は、20215月以降7回開催して教区運営を担いました。コロナ禍による各個教会財政の危機に鑑み、2022年度の各個教会・伝道所の教区負担金を通常比10%減とした予算案を策定し、教区総会に提出します。

 2022年度京都教区定期総会は、コロナ対策を踏まえた現時点の予定は以下です。520日(金)~21日(土)開催で会場は平安教会。両日の時間帯は1日目が133018002日目が9001200と従来より短縮し、両日とも食事時間をとりません。飲料は各人に個別配布。会場設営は広い礼拝堂のワンフロアとして、長椅子とパイプイス併用で一席ずつ間隔を空けた着席とします。そして例年と最も違うことは、座席を議員番号順でなく、自由着席とすることです。これは、会場全体の着席配置をバランスよくするためです。また、議事短縮のために、出席者全員に議案報告書の事前の一読を依頼し、当日は各部の口頭報告や議案朗読の時間を割愛して、すぐ質疑応答に入る形で審議します。それから今総会は、議長・副議長・常置委員選挙以外に、教団総会議員選挙も行うことにしました。教団総会延期による今年開催への対応です。以上が現時点(3月)の予定ですが、コロナ状況悪化により教区総会を「書面開催」に切り替える可能性もあり、その場合は速やかにお知らせしますので、今後の教区からの発信にご注意下さい。

 

 

「私たちは注意深く見られている」~地球温暖化防止に向けて~

滋賀地区 草津教会 永島 鉄雄

 

 2022313日(日) 洛南教会にて、標記のテーマにより教区宣教部主催の宣教セミナーが開催され、参加者は約20名であった(オンライン参加を含む)。

 前半は田浦健朗さん(NPO法人 気候ネットワーク事務局長)による「気候危機と脱炭素社会に向けた私たちの役割」と題する講演をいただいた。後半は参加者が2グループに分かれて、ワークショップを行った。

 IPCC(国連・気候変動に関する政府間パネル、現在193ヶ国参加)第6次評価報告書・第1作業部会の最新報告(2021年)によれば、人間活動が気候を温暖化してきたことは疑う余地がなく、21世紀中には気温は1.52.0℃を超えることが予想される。極端な高温・海洋熱波・大雨・農業および生態学的干ばつ・強い熱帯低気圧・北極域の海氷・積雪・永久凍土の縮小などが拡大され、海面も(二酸化炭素排出が多い)予想では2100年には約1メートルに及ぶ。熱中症の増加・食糧不足・水不足・生態系の損失など影響は計り知れない。

 パリ協定(2015年採択、翌年発効)によれば、産業革命前の気温から1.5℃に抑え、21世紀後半(2050年~)には温室効果ガスの人為的排出を実質ゼロにすることが求められている。

 その対策としては、電気の使い方を変える(パワーシフト)・交通手段を変える・食べ物を変える・住宅を変える・省エネ診断を利用する・政治や政策を変える・お金の流れをクリーンにする・職場の脱炭素化を進める・再生可能エネルギーを増やす・気候変動を話題にする・市民グループをつなぐ・法律を活用するなどが考えられる。

 後半の話し合いでは、

・若い人たちの勇気のある行動に励まされた。

・再生可能エネルギーや省エネなどユニークで楽しい取り組みがあることを知った。

・未来と地球のために脱炭素の生活をしていきたい。

・感性を磨き、前向きの希望をもっていきたい。

・まだまだ多くの人は他人事にとらえている。身近なところで伝えていきたい。

などの意見が出された。

 今回、京都教区としては初めて地球温暖化問題を取り上げた。

 地球温暖化問題は、産業革命後、近代資本主義の発展とともに進行し、戦後の高度成長期と経済のグローバル化とともに今や第6の大量絶滅期(人類も含む)に突入したと言われている。この歴史にはキリスト教会(とりわけプロテスタント)は、迷信からの脱却とともに近代資本主義の進歩に寄与してきた一面も指摘されている。

 スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥンベリさんが国会議事堂前に一人で学校を休んで座り込み、世界中の若い人たちが行動を起こし始めている。教会は世界的歴史的なネットワークをもっている条件を生かし、各教会でも話し合いや学習会などの行動を拡げていってほしい。

 

講演

田浦健朗さん

ワークショップ

 

 

リレー連載コラム第12

―教会とセクシュアル・ハラスメント問題―

男性牧師という〈立場〉と課題の継承

セクシュアル・ハラスメント問題小委員会・巡回教師 堀江 有里

 

 先日、九州教区セクシュアル・ハラスメント公開研修会にオンラインで参加しました。毎年開催されている研修会は20回を数えます。今回は川喜田好恵さん(フェミニストカウンセラー/豊中教会員)が「セクシュアル・ハラスメントと教会―ジェンダー社会の中で『聴く』とは」というテーマでの講演でした。詳細は紙幅の都合でご紹介できませんが、カウンセラーとしての専門的な知識と経験や、教会はハラスメントが起きやすい構造をもっているという視点など、示唆的な内容でした。

 九州教区の取り組みは、1998年に問題化された教区内教会でのハラスメント事件に端を発します。研修では冒頭に総会議長である日下部遣志さん(川内教会)より経緯の説明がありました。当初、教区への訴えがあったものの、執行部は問題の所在を理解できず、加害者側を擁護する発言をしていたこと、被害者は「自浄作用が期待できない」ことを理由に訴訟という手段をとらざるをえなかったこと。訴訟への傍聴をとおして教区内で話し合いが進められていったこと。

 「あの人がそんなことをするはずがない」というセリフはハラスメントの場面でもよく聞かれるものです。教会という共同体のなかで権力をもつ男性牧師という〈立場〉。さらには教会を超えた教区や同窓会組織のなかでも“仲間内”を守ろうとする感覚。初発の段階で被害者の声に応答できなかったのは、お互いに批判的に向き合うことができず、かばいあう「男同士の絆」―ホモソーシャリティ―が機能してきたからです。ホモソーシャリティでかたちづくられてきた教会の構造のなかで、被害者は、自身の被害経験そのものだけではなく、幾重にも傷つけられ、尊厳を毀損されつづけてしまうという事実。教会や牧師のネットワークのなかでのヒエラルキーによって加害/被害の関係が隠され、ようやくあげられた声がかき消されてきたわけです。

 あらためて考えさせられたのは、男性牧師という〈立場〉を問うことの難しさと、それでもなお、九州教区の取り組みが重ねられてきた力強さでした。加害者を直接的・間接的に擁護する男性牧師たちのネットワークに対し、丁寧に対話を求めていった人たちがいます。また、問題の重要性に気づき、教区での取り組みが進められ、さらにその事件の経緯と取り組みの積み重ねをしっかりと継承してきた人たちがいます。

 もちろん、女性牧師も信徒との関係において権力をもつ側にいるのですが、各個教会や同窓会組織などによる人事の系列のなかでは、女性よりも男性の方が圧倒的に働きの場を与えられ、権力をもつ現実があります。どのように課題の重大さに気づき、取り組みを継承していけるのか。どれくらい男性牧師たちが自覚的に批判的な対話をしていけるのか。まさに日常性のなかに、課題継承の糸口があることを、九州教区の取り組みからあらためて考えさせられました。さて、京都教区では、どのような日常性をわかちあっていけるのでしょうか。

 

 

ロシア在日大使館 御中2022315

日本基督教団 京都教区 各教会・伝道所、関係団体/者の皆様

ウクライナでの戦争終結を求める声明

日本基督教団 京都教区 常置委員会

総会議長 今井牧夫

 

 2022224日にロシアがウクライナに軍事侵攻して以来、ウクライナ各地で民間・軍人を問わず両国の無数の人命が奪われ、それまでに築き上げられてきた市民の生活が無残に破壊され続けています。数百万人の避難民が故郷を追われ各国へ流入しており、事態は日々深刻化しています。原子力発電所への攻撃や、核兵器による威嚇は、全世界の破滅へと向かう地球規模の危機です。そうして世界がそれまでとは形を大きく変えてしまったかのような、巨大な衝撃を世界の多くの人々が受けています。

 

 この残虐非道な戦争を開始したロシア政府・指導者に対して強く抗議します。侵攻した軍隊を直ちに撤収し、戦争を速やかに終結する責任を、今すぐ果たしてください。

 

 いま国際社会において、多くの国や地域などの様々な人々が、互いの立場の違いを越えて、ウクライナの状況を変えていくために声を上げています。ロシア国内でも、戦争に反対の声を上げて政府から弾圧されている多くの方々がいます。ロシア政府・指導者は直ちに国内での弾圧をやめ、戦争に反対する国内外の声を聞いてください。その中でウクライナの人々の悲痛な状況を認識し、同国と真摯に対話して直ちに戦争を終結しなければなりません。

 

 戦争は、人間の命を含めてあらゆるものを奪い、破壊し、深い傷を人間の心身に残します。戦争は社会の中で弱い立場の人々を、さらに苦しい立場へと追いやります。女性、子ども、障がい者、外国人、性的少数者、貧困者など、被差別者・社会的少数者を一層苦しめます。戦争にいかなる理由・背景があったとしても、そのために起きる悲惨な状況は決して正当化されないゆえに、あらゆる戦争、軍事支配に反対します。

 

 私たちの京都教区が属する日本基督教団は、1967年に「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を公にし、かつての日本のアジアなどへの侵略戦争・植民地支配に加担したことを悔い改めました。その反省に立つとき、ロシア政府・指導者が始めた、ウクライナにおける侵略戦争を容認することは決してできません。ロシア政府・指導者がこの戦争を速やかに終結することを強く求めます。

 

 

編集後記

 この度も多くの方々のご協力をいただき、教区ニュースを発行することができました。ご寄稿くださった皆様に心から感謝いたします。

 新型コロナウイルスが世界中に広がり始めてから早くも3年の年月が経ち、振り返ると悪戦苦闘の日々であったことを思います。

 しかし、教区ニュースに寄せて頂いた、これまでの記事を読み返していると、その苦難を共にしている方々がいることや、各教会・伝道所・関係諸施設がどのような状況にあっても希望を見失うことなく歩んでこられたことを知ることができ、大きな励ましを受けてきました。

 教会の暦はレントを迎え、イエスが十字架へと向かっていく歩みに思いを馳せる時となりました。そして、聖書を読むと、そのイエスが歩んだ道のりは苦難の連続であったことを教えられます。しかし、その苦難の出来事こそが、後に訪れる復活の喜びの出来事に繋がっていたことを感じます。

 そのことを思うと、私たちが直面する数々の苦難には大切な意味があることを教えられ、私たちがおかれている「今」という先にも、必ず喜びの出来事が待っていることに希望が与えられます。

 これから先、どのようなことを経験していくのか。それは神のみが知ることではありますが、「確かに未来はある。あなたの希望が絶たれることはない。」(箴言2318)という言葉と共に、教区の働きと繋がりが、主にあって豊かに祝される道へと導かれることを切に願います。(T.U

 

 

デナリオン瓦版

 

編集:京都教区・教職謝儀委員会

委員長・横田明典

 

 こんにちは!教職謝儀委員会です。毎年1回この時期に「デナリオン瓦版」として皆さんにデナリオン献金の現状や報告、またお願いをさせていただいています。どうぞ、趣旨をご理解くださり、ご協力をお願いいたします。

 

デナリオン献⾦とは?

 詳しくは、デナリオン献金の封筒、依頼状に同封させていただいている「デナリオン献金参加の呼びかけ」のパンフレットをご覧いただければと思います。1992年から始まったこの献金運動は、規則の上では変化がありましたが、教区内の宣教を担う教会への支援として、全教会・全信徒・全教職が参加する、宣教連帯の働きとしては、当初から変わらずに続けられています。

 現在は、経常収入450万円以下の教会・伝道所が、主任担任教師の謝儀支出が困難な場合、年100万円を上限に申請できる制度です。詳しくは教区総会議案書巻末の「教会謝儀支援規則」を御覧ください。毎年皆さんからいただくデナリオン献金などが約500万円前後、これに教区経常会計の1割にあたる約280万円を加えた額が、支給総額となります。なかなか申請額通りの支給はできていませんが、少しでも宣教を担う教会・伝道所の働きを支えたいと願っています。

 

お願いとご報告

 2021度はまだ集計はできていませんが、この2年はデナリオン献金にもコロナ禍の影響が出ているように思います。教会そのものの財政も厳しいところですが、お互いに支え合いながら連帯の思いを持ってご協力いただければ幸いです。今年度の集計分は2023年度に実施される教会謝儀支援の原資となります。

 それぞれの教会・伝道所へは、デナリオン担当者をお選びいただいていますが、まだのところがありましたら、選出をよろしくお願いします。

 毎年、デナリオン担当者懇談会を開催し、現状の説明や相談事を共有してきましたが、2020年度に続き2021年度もコロナ禍によって開催できませんでした。担当者の方でお困りごと等ありましたら、委員なり、委員長なりに直接お尋ねいただければと思います。

 2021年度も集会等でのデナリオンコーヒーの提供等も、ほとんどできませんでしたので、状況は芳しくありませんが、コロナ禍の終息を祈りつつ、連帯の輪を広げていきたいと願っています。

 次年度もよろしくお願いします。